作詞:中山 千夏
作曲:都倉 俊一
《僕のラジオデイズ📻〜🎶》
都倉俊一氏にとって作曲家としてのデビュー曲となった。都倉氏は、本作の印税で『真っ赤なフェアレディZ』を買ったエピソードが、阿久悠氏の著作『夢を喰った男たち』に載っている。阿久悠氏はその後、都倉氏を注視するきっかけになったのは間違いないだろう。この2人のコンビは後に、ピンク・レディーの、最強のソングライターコンビとなる。
リリースされて1ヶ月程で、オリコンチャートトップ10にランクインし、最高位2位にまで上昇し⬆累計40万枚を超す売り上げを記録した。
中山 千夏は、日本の作家、元歌手、元女優、元司会者、元テレビタレント、元声優、元参議院議員と、多彩な経歴を持つマルチな才能を持つ才女✨50年におよぶ芸歴と多彩な活動歴を持つ。
中学生の時にみんなが聴いて流行っていた、深夜ラジオの『ヤンリク(ヤング・リクエスト)』で、初めてこの曲を聴いた時に、少年ながら何故かホッコリした曲だった。フォーク・ソングとも、昭和歌謡♬とも、取れる音楽性が何気にいい。*.(๓´͈ ˘ `͈๓).*まぁ、都倉氏の作曲だから歌謡曲なんやろね。
中山千夏さんは、家の近所にいてそうな普通のお姉さん…っていう親しみのあるキャラも良かった。
ヤンリクというと、聴き始めると番組が終了する3時まで必ず最後まで聴いてしまっていた。リスナーからのリクエストハガキの合計でヒットチャートを毎晩決定する「ヤンリク・ベスト20」や、「仁鶴・頭のマッサージ」で笑い、「心の旅 遠くへ行きたい」というコーナーでは青春の悩みの相談や、詩の朗読があった。「ミキサー完備 スタジオ貸します」は、浪花のモーツアルト・キダ・タローの担当で、アマチュアバンドの演奏コーナー。キダの辛辣な審査コメントが面白かった。このコーナーには河島英五、庄野真代らがデビュー前に出演していたという。そして驚くことに、リクエストハガキを送る郵便番号を今でも覚えているのだ。それは〒530‐91蘇ってきた!(Ꙭ )!!!
“中山”と言えば、今の世代の人なら、なかやまきんに君、中山美穂、ゴン中山(2人とももう古いか?(笑))だろうけど、俺たち桑田佳祐世代は、”中山”と聞くと“中山仁”“中山律子””中山千夏”なのであ~る!( ˙▿˙ )☝
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中山千夏は「ひょっこりひょうたん島」の勉強ができる博士の声優として有名でしたね。
私もこの曲は大好きです。都倉俊一作曲とは知りませんでした。阿久悠と違い、ルックスも育ちも良さそうだったので、かなりもてたでしょうね。
彼の作る曲のメロディやアレンジは当時としては斬新に感じました。天は二物も三物も与えるの典型だと思います。
ひょっこりはんではないのですか??
博士の声??ドンガバチョ?ライオンくん?ダンディーとサンデー先生は付き合ってる??
作詞が井上ひさし?
ごめん!やっぱりよくわかんねーや!(A^_^;
都倉氏は学習院出のお坊ちゃまやね。
妻の大信田礼子にフランス語で話しかけて、返事が、出来ない妻をアホ呼ばわりしたという逸話があったりする。
「二人はいつも傷つけあって暮らして」いたのですね。
しかも同棲ではなく、結婚していたなんて、知りませんでした。
きっと都倉俊一は大信田礼子をバカにしていたのではなく、「それが愛することだと信じ、喜びにふるえて」いたのでしょう。
「愛の暮らし、同棲時代」これも名曲でしたね。
サイチン様こんばんは。
「フレッシュ9時半キダ・タロー♪」というフレーズが頭に浮かぶのですが、これもラジオでしたか?
私にとってのラジオのある原風景は、夏休みの午前中。時報を知らせるスジャータのCM、そしてとめどなく溢れ出る、京都なまりの無理矢理のダジャレ。そうです、「ありがとう、浜村淳です」(笑)親が家事をしながらラジオを聴いていたんだと思います。
そんな時間にラジオ聴けないです。
仕事中でしたから。
浜村淳は、みんな結構聴いていたみたいですね。
「バチョン」!?での浜村淳の映画解説は誰よりも巧く、観にいきたくなるものでした。