《沢田 研二 BESTヒット30カウントダウン
》【第9位】
※勝手に沢田研二ランキング中!
ジュリーの曲を色分けすると9つのカラー・ジュリーに分類される。これは俺の独断だ。
ロックでカッコいい! ブルー・ジュリー
優しく感動的! オレンヂ・ジュリー
キザでちょい悪! ブラック・ジュリー
少し悲しげ哀愁路線! ブラウン・ジュリー
なんて爽やか! グリーン・ジュリー
一途な情熱! レッド・ジュリー
ブライトポップ! ホワイト・ジュリー
ロマンチックでエモーショナル! パープル・ジュリー
ちょっと可愛い! ピンク・ジュリー(ノリ重視で、歌詞にあまり意味がない)
ブラウン・ジュリー
沢田研二の33枚目のシングル
リリース:1981年5月1日
《チャート最高順位》
オリコンチャート 8位
ザ・ベストテン 5位
これはロマンティック和製パブロックだ。
ジュリーの曲作りのセンスは抜群!だし、(╹▽╹)バンドEXOTICSの音もGOOD!
そして、ジュリーの声は艷やかで、高音の声がよく出てる。
♪今なら~ 取り消せるbaby~
おまえの 言ったさよなら~♪
こんなにも強気に思えるけど、実は未練タラタラな歌詞。三浦徳子さんは、またジュリーをフラレ男にしたいんだろうか…(笑)曲調はロッカバラッドで、バンドの音は最小限でシンプルだ。なので艷やかで、ジュリーの声が堪能出来る。( ꈍᴗꈍ)
B面曲は、夏らしいご機嫌な
ビーチサウンド”バイバイ・ジェラシー” モータウン
リズム
でグッド!
ウォール・オブ・サウンドにしても良かったかもね!
沢田研二のバックバンドを務めた井上堯之バンドが1980年1月に解散後、1年間バックを務めたオールウェイズを経て、1981年に結成されたバンドがエキゾティクス(EXOTICS)だった。
オールウェイズのメンバー吉田建、柴山和彦、西平彰が残留し、上原裕、安田尚哉が加わった5人編成で、リーダー兼バンドマスターは吉田建。結成から2ヵ月余りはバンド名がなく、ロンドンで録音した沢田研二のアルバム「S/T/R/I/P/P/E/R」(1981年6月発売)にはバンド名がクレジットされていない。

沢田研二の”渚のラブレター“がヒット中にエキゾティクスと命名されたが、命名されるまでの間、テレビで演奏する際は『渚のラブレター・バンド』と名乗っていた。
沢田研二と活動を共にした後、1984年9月に解散。
いいバンドだっただけに惜しい…

やっぱり、エキゾティックスと共演したこの頃のジュリーは絵面も含めてカッコイイですね。
ストレートなロッカバラードでコードも簡単なので、当時はギター片手によく歌ったものです。
サビも盛り上がるので、歌っていてもカタルシスがありました。
“ラスラヴレラー〜!!”