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🌟”Magic Ways“は、山下達郎の10枚目の映画🎦サウンドトラック盤に収録。
⚪リリース:1984年6月20日
アルバムFOR YOUのレコーディングの頃に書かれた曲。レコーディング当初、間奏にはサックスやギターのソロを入れようと試したがどれも今ひとつしっくりこなかったため、最終的には一人多重コーラスのみとなっている。2022年、Nulbarichによってカヴァーされた。モータウン🤎のリズムが楽しい(≧▽≦)🎶
バンド名『ADD SOME MUSIC TO YOUR DAY』
1972年に山下達郎とその友人たちが自主制作したスタジオアルバム。”あなたの日々にちょっとした音楽🎶をどうぞ“っていう意味かな?🤗
Members
- 山下達郎 : Drums, Percussion, Acoustic Guitar, Toys & Vocals
- 鰐川己久男 : Electric Guitar, Acoustic Guitar, Electric Bass & Vocals
- 並木進 : Electric Bass, Washtub Bass, Acoustic Guitar & Vocals
- 武川紳一 : Keyboards, Electric Bass, Electric Guit
【グループ結成秘話】
中学時代、クラス・メイトだった山下達郎と並木進は、音楽の話で意気投合し、4人編成のアマチュア・バンドを結成した。1967年、中学3年生だった彼らはどうせやるんだったらもっと“価値のある音楽”を目指そうということで、コーラスを主体にしたグループを目指すことになった。グループは高校進学後も活発な活動を続け、そのうち並木が高校で知り合った鰐川己久雄を連れてきて、バンドは5人組となった。しかし、日曜日だけの練習では思うようにハモれず、結局2年間で演奏可能なレパートリーは7、8曲だったという。このメンバーで高校1年の終りまで活動した後、大学受験に専念するために脱退する友人や、当時の世相を反映して学生運動に参加するものが出るなどして、中学時代から続いたこのアマチュア・バンドは、一時解散状態となった。
しかし、その後も並木は高校の同級生やその友人といった色々なメンバーを集め、断続的に音楽の集いを継続させていた。一方山下は自身の高校にこうした趣味性を共有できる仲間がいなかったため、しばらくは家でテレコを2台使った一人多重コーラスを行って欲求不満を解消していたが、やはり大勢で演奏する魅力が忘れられず、1969年の秋頃からは山下もその集団に参加するようになった。高校卒業後もこの集まりは細々と続き、メンバー全員が大学に進学した1972年の春、誰の口からともなく、今までの活動を自主制作のレコードにしてはどうかという提案が出された。何故アルバムを作ろうということになったかについて、並木は「なんとなく、4人が同時にレコード作ってみようかなんて気持ちになったみたい。レコード作って、どうなるなんてのはなかったけど、何か形にして残したかった。ステージもあまりやんなかったし。それぞれの思惑は違ってたのかもしれないけど、とにかく作ってみたかった」と語っている。
【Wikipedia】
これが12年後の全編英語Lyricsの映画🎦サントラ盤『BIG WAVE』の原型なんやろね。だから多重録音や選曲♬が完璧に練られたアルバム✨になってるんやね。( ꈍᴗꈍ)
🌟”太陽は罪な奴“は、サザンオールスターズの38作目のシングル。サザン・オールスターズの12作目のアルバム『Young Love』に収録。
⚪リリース:1996年6月25日(シングル)1996年7月20日(アルバム)
ジリジリ焼けるように真っ赤な熱い☀太陽が、友達と恋人のハザマで揺れている2人の、距離を一気に縮めてくれる(っ˘з(˘⌣˘ )そういう意味で『太陽は罪な奴』となったんだろう🤔
この曲のリズムはシャッフルです。シャッフルとは、跳ねるようなリズムのことをいいます。シャッフルにモータウン🤎テイストのキャッチ―なメロディー🎶に、桑田氏のソウルフルな嗄れ声が、このチューンの肝で、(ノ◕ヮ◕)ノ⤴️⤴️上げ上げの🌞夏ソングとなっている。イントロからもうサザン🧡って解る!🤗
思わず、JKT買いしちゃうよねぇ〜🤩
「Add Some Music to Your Day」は1970年、ビーチボーイズが最も低迷していた時期に発表された隠れ名曲。私も大好きなナンバーで、ビーチボーイズのファンなんて殆どいなかったこの時期にこの名曲をカバーして、アルバム名にするなんて、山下達郎は本当にマニアックでセンス良過ぎです!
30歳の時、大阪在住の私が、東京武道館のビーチボーイズのコンサートに誘ってくれた16歳の芦屋のお嬢様に、御礼に「Add Some Music to Your Day」という日本では未発売の輸入盤CDをタイトル曲の訳詞をつけて郵送でプレゼントしたのは、また別の話。
訳詞の最後に『「Add Some Music to Your Day」の”Your“は一般的にはリスナー全般を意味するので、複数形で解釈されますが、今回は単数形にして、君だけに捧げます。』というメッセージを添えて。
ビーチボーイズ好きのボビーさんは知ってましたか…(・(θ‿θ)
当然、日本ではサーフ文化などは、湘南の一部のアメリカ好きか、耳の早い人達だけしかサーフィンなんてしてなかった。
でも、日本の音楽シーンは当時は洋楽ブーム。
ビーチボーイズはたまにラジオで流れていたけど、圧倒的にビートルズがラジオからは流れていた。
でも、『ウォール・オブ・サウンド』とかやってたこと当時は知らず、ただただ明るいアイビー・サーファー・バンドだと思っていた。
その少女に無責任に”ADD SOME MY LOVE TO YOUR LIFE”と返信しなかったのはえらいね〜(笑)
俺も28歳の時、千代田店のマネージャー時に、13歳の少女にラブ・レターをもらって、俺は困惑して、傷つけるのも可哀想で返事をかけなかったことを思い出したよ。緑のマジックで書かれていた文字に彼女の想いが溢れていた。
彼女の名前はミドリちゃんだった。
1週間くらいして売り場に現れたミドリちゃんに「ありがとう」とお礼を言い「俺みたいなおっちゃん止めとき!ミドリちゃんに同い年の子が似合うよ」と、言ってあげた。
ミドリちゃんは両親が旅行に行く間に自分で料理を作ってディナーに俺を招いてくれるつもりらしかった。
なんともアメリカの少女みたいな事をするませた女の子やなぁ〜と感心したよ。
今思えば、その時の彼女が俺に手料理を振る舞おうとした気持ちがめちゃくちゃ嬉しかったわ!メニューもあれやこれやと考えてたんやろなぁ〜と、思うとそんな彼女の想いに、応えてあげたかったよ。
奇遇ですね。私も福井店にいた24歳の時、同じような経験をしました。
その娘はチェッカーズ・ファンの16歳の女子高生。
カウンターに「ジュリアに傷心」のシングル盤を持ってきて、私に千円札を手渡しました。ただ千円札以外に小さな手紙が折り畳んで添えられていました。
中には「私と付き合って下さい。」と書かれていました。
私はお釣りを渡すと、「ちょっとお話ししようか。」と優しく言って、売場の隣の喫茶店に連れて行きました。
その時言ったセリフがSaichinと同じ「こんな10歳近く年上のおじさんではなく、同じ齢位の男の子と付き合った方がいいよ。」
これは決して優しさだけから発した言葉ではなく、単純に彼女が全く好みではなかったからです。
同じ16歳でも、菊池桃子のような娘から、告白されていたら、おそらく回答は違っていたと思います。
同じような経験は皆しているものですね!
菊池桃子であれ、小川範子であれ、未成年はダメ!必ず淫行に発展するからね。
別件で、オイラが大学1回生の時に中3の女の子に告白されたけど、「君が18になったら考えるからその時に電話しておいで」と、電話番号を渡した。
2年後に本当にその子から電話があり、まだ高3だったけど、「予約していいですか?」と、可愛い事を言ってきたので、「卒業したらデートしてやるよ」と言って、卒業してから会って、その後4年ほど付き合ったよ。
Saichinも昔は真面目で、品行方正だったんですね。
素敵な話です。
今でもです(^o^)v